Kathryn Williams 独占インタビュー
リヴァプール出身のシンガー・ソングライター、キャスリン・ウィリアムス。英国マーキュリー・プライズにノミネートされたセカンド・アルバム『リトル・ブラック・ナンバーズ』(2000年)やロックやポップスのフォーキーなカバー集『Relations』(2004)をはじめ、1999年のデビュー以来ほぼ毎年のように胸に沁みる優れた作品を発表してきた彼女のニュー・アルバムが届いた。北アイルランド出身のヴィブラフォン奏者アンソニー・カーとの共同名義となる今作『レゾネイター』は、自身初となるジャズ・スタンダードのカバー集。従来からのファンにとっては意外といえる展開かもしれないが、これが実に素晴らしい。カーが奏でる深いリバーブが効いたヴィブラフォンの調べと、キャスリンの妖艶な歌声。二人の息の合ったプレイを中心とした緊張と緩和の絶妙なバランス感覚が見事で、そのミニマルな構成と抑制された音数から紡ぎ出されるロマンティックな空気感が、聴く者に心地よい安堵の時間を与える贅沢な一枚だ。
本作『レゾネイター』の日本盤発売を記念して、英国内をツアー中のキャスリン本人にインタビューを行なった。今作の制作ストーリーやアンソニー・カーのこと、カバー曲を演じることなどについて。短くも芯のあるその語り口の端々からは、彼女のバイタリティーに満ちた音楽愛が溢れていた。
――今ちょうどツアー中だと思いますが、あなたの音楽に長く親しんできたファンにとっては、新作『レゾネイター』であなたの新たな一面に触れることが出来たのではないかと想像します。オーディエンスからの反応はいかがですか?
ショウの反響は素晴らしいわ。演奏中、会場は終始静寂に包まれて、観客はみな息を呑むかのようだった。
――本作はヴィブラフォン奏者、アンソニー・カーとの共演盤となっていますが、どういう経緯で彼とのコラボレーションに至ったのでしょうか?
アンソニーとの初共演は『The Quickening』の時なんだけど、そのツアーの時に私たちは『レゾネイター』のアルバムのアイデアを思いついたの。『The Quickening』から数えて6年、ようやく実現できた。
――2010年の『The Quickening』では、彼が演奏するマリンバの幻想的なフレーズが素晴らしいです。そして今作『レゾネイター』でも、スモーキーで温かみのあるあなたの歌声と、アンソニーが奏でるヴィブラフォンの音色は非常に相性が良いとあらためて感じました。再共演してみていかがでしたか?
アンソニーのプレイは、何をやっているか判らないくらいとても複雑で、それでいて本当に細やか。でもよくあるジャズ・スタンダードってビッグ・バンドの形態になりがちでしょ。それだと彼の本当の良さは伝わらないと感じたから、私は違うアプローチをしたかったの。レコーディングでは彼の演奏を間近で体感できて、まるで親密で繊細な魔法にかけられたようだった。だからお互いに一体感が生まれたわ。
――本作では日本盤のボーナス・トラック「Moon River」を含め、全部で11曲が収められています。他に候補曲はいつくかあったのでしょうか?また、選曲の基準はありましたか?
すごくたくさんの曲にチャレンジしたわ。色々と試していくうちに満足のいくテイクもあったし、そうでないのもあったけど、最終的には新鮮さが感じられた曲を収録したの。
――カバー集といえば、2004年のアルバム『Relations』が印象的です。馴染みあるロックやポップスが室内楽の要素とともに再構築されているとても素晴らしい作品だと思います。ジャズ・スタンダード、ロック、ポップス。往年の名曲たちを取り上げることはどれも勇気が要りますよね。
他人の曲を歌うときに大事なのは、その曲を書いたのは自分だと想像を膨らませて、“新曲”として捉えること。それは、カバーソングに新風を吹き込みたかったらどんなジャンルでも効果的だと思う。
――今作とは音楽的なアプローチは異なりますが、前作『Hypoxia』におけるメランコリックな雰囲気と『レゾネイター』の世界観には繋がりを感じます。
『Hypoxia』では感情を思いのまま出し切ったの。だからその後に心に浮かんだ気持ちを音楽で描きたかった。あなたが感じたように、前作『Hypoxia』と『レゾネイター』は見えない糸のようなもので結ばれているの。
――今作での経験は、また次の作品へと繋がりますね。
非の打ちどころのないジャズのスタンダードを歌えるのは何より光栄なこと。時代の波を乗り越えてきた歌から学べることはきっとあると思う。
――サイドプロジェクトのことを少し。2010年のThe Crayonettesの『Songs for Children and Robots』は子供たちのために作られたアルバムですよね。子供が生まれたことで、自身の音楽性の変化はありましたか?
以前に比べて自分自身の時間は減ったけど、逆に色んなことに貪欲になった。それから、新しい視点で世界が見えるようになったわ。
――1999年のファーストアルバム以降、The Crayonettesやもう一つのサイドプロジェクトThe Pondを含め、毎年のようにアルバムをリリースしていらっしゃいます。コンスタントに作品を発表するその原動力は何でしょう?
「恐怖心」かな(笑)。とにかくいつも「これが最後の作品だ」と思うことにしてる。それからもちろん、新しいことに取り組むときに自分自身が感じる喜びだったり、リスナーから受け取る反応も次のステップへのモチベーションに繋がるわね。
――最後に日本のファンに向けてメッセージを。今日はお忙しい中ありがとうございました。
こちらこそありがとう。私たちは家族皆、日本文化や日本食が大好きなの。息子たちはいつもジブリ作品を観ているわ。日本人の文化に対する考え方や思慮深さ、礼儀作法には本当に心を動かされる。だから日本で私のCDがリリースされるのはたいへん光栄に思っています。
参考までに彼女が愛した、そして影響を受けたというジャズ・ミュージシャンを挙げておく。
ニーナ・シモン、ベッシー・スミス、マイルス・デイヴィス、チェット・ベイカー、エラフィッツ・ジェラルド、チャーリー・パーカー、ビリー・ホリデイ・・・
彼らの遺伝子がこのアルバムからも仄かに感じられる。
河津継人(インタビュー・文)